人文系私設図書館 Lucha Libro

桜の絵 つぼみの絵

第一回土着人類学研究会にあたって

 土着人類学研究会では毎回ゲストをお招きし、ふたつの「土着」のどちらかを入り口にし、お話を伺っていくつもりである。

 ひとつめの「土着」とはその人固有の関心。もうひとつが「その土地に生きる」ということである。「関心」と「土地」という一見関係のなさそうなものは、実は分かちがたく結びついている。このふたつは人間の「身体」によって媒介されており、研究会ではどちらを入り口にしようとも、終わったころには参加者は「人類とはなにか」という大きなゲートの前に立ち尽くしているはずである。つまり入り口からより大きな入り口へ、これが研究会の目指すところである。

 初回のゲストは上辻良輔さん。ルチャ・リブロの大家さんである。私たちがこの東吉野村へ移住を決めた大きなきっかけは、上辻さんのお人柄にある。2015年初夏、役場の桝本さんに空き家を案内していただくことが決まり、最初に訪れたのがこの家であった。特に家を血眼になって探していたわけではなく、空き家が増えている日本の現状を知りたい。こんな動機の人間に嫌な顔ひとつせず案内していただいた桝本さんと上辻さんに、まずは感謝申し上げたい(遅いけど)。

 まず橋を渡る。正面には木々に囲まれ頭上から光の差し込む空間が広がる。その奥には巨石が立ち、付近で亡くなった天誅組総裁、吉村寅太郎が祀られている。吸い込まれそうになりながらも左に折れ、杉の木立を抜けるとその家はあった。まず「橋を渡る」という行為からして、「此岸から彼岸へ」、異世界を象徴しているようでグッときたのだ。

 家の前でお待ちいただいていた上辻さんに、家の内部を見せていただいた。10年ほど空き家だったとのことだが、全くそのようには感じなかった。現在は村外にお住いの上辻さん。窓を開けて風を通していただいたり、掃除をなさっていたり、定期的に家の手入れをしてくださっていたために、家が傷むということはなかった。図書館構想を抱きつつ地方移住をおぼろげながら考えていた私たちは、よく手入れの行きとどいた家の内部を見せていただき、この家だ!と即決したのであった。

 いま、都市のなかで十年、二十年先のことを考えることができるだろうか。なにも働き口が安定しているかそうでないか、という話に限らない。もちろんそれは最優先事項である。しかしその課題に向き合う姿勢として、実感をもって、どのくらい過去や未来に自分を拡張できるだろう。

 土着人類学研究会では、地に足をつけて、実感を込めて、未来について考えていこうと思う。同じように感じている人たちとのネットワークを今のうちにつくっておくこと。十年、二十年先を見据えたときに、それが「自分のやるべきこと」のように思ったのである。